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日本でもいよいよLCC(格安航空会社)が本格的に事業を展開し始めた。

利用者としては選択肢が増える事になるので有り難い。が、
これまでのように、どの会社を利用しても同じようなサービスを受ける事が出来る、
という訳には行かなくなった。


私が初めてLCCを利用したのは、もう数年前になるが、欧州での事だった。

チェックイン時の荷物の重さの検査が厳しかった。
私の前に並んだ女性はスーツケースを開けて中の重そうな荷物を着ている服のポケットにねじ込んでいたが、なにやら微笑ましい光景だった。

たった1KGオーバーするだけで何千円ものペナルティーだから、ずいぶんと厳しいシステムだと感じた。

さて、次は私の番で、追加の料金は覚悟していた。楽器の重さを加えると簡単に重量オーバーだからね。

しどろもどろの英語で、カウンターのお姉さんに「これは楽器です」と言ったら、「OK」「あっちのカウンターに預けてね」と言う事で、意外にも料金は発生しなかった。

お姉さんが示したカウンターは、係員が飛行機に直接手作業で積み込む荷物を扱う受付だった。ベビーカーや車いす、チェロのケースも置いてあった。

LCCの中には、当初車いすやベビーカーまで重量の計算に入れる所もあったようで、さすがにこれは利用者の理解は得られなかったようである。



日航が破綻して、稲森氏が経営のトップになったのは記憶に新しいが、いつぞやの記者会見で、「この業界が特異なのは、飛行機は止めていても飛ばしていても、経費はほとんど同じだ」という主旨のお話をされたのを覚えている。

LCCはチケットが安いから、その分をペナルティで穴埋めしている。とは私は思わない。

地上に待機している時間に行う、荷物の積み降ろしや積み込みの時間を出来るだけ短くして、
たとえば、大手が1日で3往復する所をもう片道、もしくはもう1往復余分に飛ばす事で、
多くの乗客を得て、それで安い運賃を提供しながら、利益を得る事。これがLCCの考え方かな。

つまり、受託手荷物や機内持ち込みが多いと積み込み積み降ろしに時間も手間もかかるから、
出来るだけ人間だけを運びたい。それも自由席で空いている席にどんどん座らせて、
すぐに離陸させたい。機内サービスもできるだけしたくないから、有料にしよう。
と言うのが本音だろう。

飛行機は積み荷のバランスが悪いと運行に支障がでる。受託手荷物の重さや大きさを均一にしておけば、積み込む時の配置の計算に時間がかからない。

だから、余分な荷物、重い荷物を持ってくる客には受付でペナルティ。と考えると、
まあ理解出来ないこともない。

でもね、私達音楽家は好きで飛行機に乗ってる訳でも、好きで荷物を沢山運んでる訳でもないので、当然カウンターのおねえさんとは交渉になるわけだ。

これは機内に入るよね、とか、これは丁寧に扱って下さいね、とか。ケースを梱包させて、とか。
そうすると、チェックインが滞るわけで、後ろには長い列が伸びる事になる。
搭乗に1分1秒を争うLCCにとっては、こんなに厄介な客もいない。

だから、たどたどしい英語をしゃべる怪しい東洋人の持ち込んだ楽器を、「あっちのカウンターに持って行って」と処理をした受付の係員の判断は正しかった。欧州は音楽家の移動について社会的な理解や支持が得られている。成熟した文化なのかな。

飛行機の一番前は、子供連れや体の不自由な方の優先席だが、それ以外は自由席なのには驚いた。子供連れの母親が飛行機のタラップの手前までベビーカーを使用する事も出来ていたし、係員のサービスは必要な所には必要なだけの配慮、メリハリがあった様に感じた。

LCCの今後を期待したい。


註:本文でも述べましたが、LCC(ローコストキャリア)と呼ばれている格安航空会社を利用する場合は受託手荷物の個数や重量等の制限が特に厳しく、航空会社によってはあらかじめチケットの購入時に追加の申請や追加分の料金を支払う事を求められる事があります。この場合は楽器も例外ではなく、これを怠ると当日のチェックイン時に高額なペナルティの料金が加算され、場合によっては購入した運賃の何倍もの料金が必要になる事もありますので、特に注意をして下さい。
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右の頬と目の上。


私には長年、一緒に暮らして来た 「しみ」がある。


自分には存在しない物として今まで無視をして来た報いなのか、


いつからあったのか、思い出せない。


いつの間にか、わからないように、


少し、また少しと、だんだん濃くなって。


ある日、本当の自分の姿に気づく事になるのは、実に厄介な事態だ。


ちなみに頭髪はこの逆の事が起きているが、この最悪な状況に関しては、


既に思考を停止しているので、悩みは無い。無関心。


私の周りに集まってくる情報は、


自分に都合の良い物、自分が見たいものだけなのだろうね。
















今からちょうど1年前の3月9日に、千葉の房総に合宿に行っていた時の事を思い出した。


合宿の最終日に、東北でやや大きな地震があって、津波注意報が出されていた。

恒例の海岸の散歩を念のために中止して、その日の午後に帰宅した。

この合宿最終日の地震が、どうやら3・11の巨大地震の予兆だったらしいが、

こんなに大きな地震でも予測が出来ないとなると、まだ天気予報の方がましだ。

当たるも八卦、人間に出来る予想はこの程度のレベル。

昔、「利己的な遺伝子」なんて本を文系の私が無謀にも読んだ事がある。

前半は面白かったが、後半はさっぱり理解出来なくて、そのままになっている。

人間には子孫を残す為に受け継がれて来た文字通りの遺伝子と、

人から人へ継承する働きをする文化の、どちらも「複製を作り、数を増やす」行為。

私達の行動の根本はこのような所から生まれている、という事は、

私の雑な頭でも何とか理解できた。


今回の原発の事故で残念なのは、放射能によって私達の遺伝子そのものと、

文化を継承する為に必要な地域社会、この両方にダメージを受ける。

という事が切実な問題になった。という事。

でも別の見方をすれば、原発を作り、限りなく放射性の物質を増やし続ける事も、

複製をたくさん作りたい人間の行為の一つとなると、、、。よくわからなくなってきた。


さて先日、ブログの記事に水や空気に関する記事を書いたら、

いつの間にかブログの広告が音楽レッスンの案内や旅行チケットの販売から、

ミネラルウオーターや自然食品に変っていた。

私の記事に関連して広告が変化するんだね。すごいシステムだな。

私が「汚く臭いミネラルウオーター」「だれでも嘔吐する無農薬」なんて記事を書いたらどうなるんだろう?

私の発言から、私はこういう人間で、こういう事を考えている、こういうタイプに属している、、私の知らない所で、、。勝手に判断されてるなんて、本当に嫌だな。

今日は1日、静かな気持ちで過ごしたいと思うのにね。

















子供を持つ母親が放射能に不安になるのは、無知でも科学音痴でも精神病でもなく、

優秀な遺伝子を子孫に伝える為に備わっている能力なのかもしれない。



しかし、電気を作る立場の技術系の人間は、今回の事故は飛行機やスペースシャトルが墜落したりする事と、同じ事故(爆発的事象)が起きただけだ、と考えているようだ。


これからは事故が起きない様に対策を取れば大丈夫。心配しすぎる方が体に悪い。

と説明する姿が目に浮かぶが、この不安を技術的な理屈からではなく、

どのようなアプローチで払拭する事が出来るのか。その経過を見守りたいと思う。


就航後30年経ったジャンボジェットやスペースシャトルが、

核を積んで日本中の空港のどこかに毎日降り立っている。

空港の滑走路は、天気予報の予測と同じレベルの人間が安全だと考えた場所に作られている。


誰が言ったか思い出せないが、文系の私でも判りやすいたとえ話。


安い電気を使うのにはその位の覚悟は必要なんだ、、。


あなたはどうするの?


ここで、夢がさめた。


























































新年が明け、数日が経ちました。

昨年の震災以降、今まで安全だと言われていたもの、信頼出来ると思っていたものは何だったのか。
何も信じる事が出来なくなったような気がした1年が終わりました。

原発の爆発した映像を見て、もうすぐ空気も買わなければならない日がくるかもしれないなあ、、
と、部屋の窓や換気扇にガムテープで目張りをしながら考えていましたが、、、

使った空気にお金を払う様になったら、管楽器はおしまいですね。

人生で初めてミネラルウオーターを店頭で買った時に、飲み水にお金を払うなんて、、と感じたのはずいぶんと昔の出来事だったけど、私の生きている時代とはいったい何なのだろう。

被災地の子供達が気持ちよく息を吸って、楽器を演奏出来る日が早く戻るといいな。


先日、ソフトケースでの移動が必要で、国内線の機内へ楽器の持ち込みをしたのだけれども、、

もちろん普段は受託手荷物扱いで、空港に用意されている大型ケース(通称「青い箱」)を借りて済む事だが、今回はチケットが普通運賃の正規客だったから、今後の為に航空会社がどのような対応をするか試してみた。

要約すると、「今日の使用機材は大型の777だから、上の棚には楽器が収まるはずだ」
「楽器用にもう1席座席を購入する事については、購入しても座席は使わないから、どうして購入しなければいけないのか、納得がいかない」という事を受付のカウンターで話した。

結論から言うと、行きは「搭乗口で係員に申し出て下さい」という事になり、今回限りの特例として隣が空いている座席に変更して頂いた。もちろん座席は使わなかったし追加料金も発生しなかった。

帰りの便では。受付の係が「規則ですから」の一点張りで、楽器用の座席を1席、1万円で購入する事になった。実際の搭乗時には座席は使わず上の棚に収納したが、この係員さんはとてもまじめな方で、わざわざ機内まで様子を見に来てくれた。私が「座席を使わないのだから返金しろ」と言い出すのではないか、と恐れていたのかもしれない。

「この楽器は金管楽器で、このベルと呼ばれている広がった部分から音が出る仕組みになっているのですが、とても金属が薄くなっていて、ぶつけると凹んでしまいます。メーカーもベルを下にして置く事は止める様に指示しています。もしも座席に楽器を据え付ける事になると、このソフトケースに入った楽器をベルを下にして置く事になる。そうすると離発着時に、楽器本体やケースの重量が全部このベルにかかってしまいます。ですから、上の収納棚に横向きの状態で置く事の方が、遥かに楽器への負担が軽減される。だから、座席を購入する事は規則だとしても、実際には座席は使わないのです。上の棚に入るから座席は購入しないのではなくて、楽器の為に上の棚に入れたい、ですから(以下略、、)」

このような説明を延々と係員のお姉さんにしたのだが、とても疲れた。

羽田の判断はグレーゾーンとして扱って頂いたので利用客とすれば良かったが、経営者や株主の立場から言えば収入が減る事になる。

帰りの判断は規則に忠実な係員に感心はするが、利用者の立場では納得がいかない。正規の普通料金を払っているのに、棚だって空いていたし、隣の客は割引で乗っているかも、と考えると、気持ちは収まらない。

そのうち新幹線に客を奪われるな、とも思ったが、新幹線に何時間も乗り続けるのもつまらないし、どちらにしても面倒な事だ。カウンターで交渉する時間と労力を考えれば、その時間で空港のラウンジでビールでも飲んで休んでいる方が遥かにましである。という当たり前?の結論に達した。


註:今回は使用する機体が大きく、空席も30席以上ある事が事前に判っていました。しかし、小型機の場合は上の棚に楽器を収納する事は出来ません。また、当然の事ですが満席の便では、当日の受付で機内持ち込みはできません。さらに受託手荷物用の収納ケースが出払っていて、ストックがない場合もあります。ですからソフトケースでの移動の場合は事前に収納ケースの手配、もしくは機内持ち込み用の座席の予約をされる事をお勧めします。
先日、作曲家のバン=デル=ロースト氏(ベルギーの方です)と打ち合わせをした折に、氏の作品の編曲やカットについて話が及んだ。

ご自身の作品がコンクールの自由曲等で使用される時に、時間の制限でカットされる場面が出て来たり、編成の都合で足りないパートの音を他のパートで演奏したりする事について、どう思われますか?
との質問をしたのだけれども、ご本人の回答は簡単明瞭であった。

「出版譜を正式なルートで購入していただければ、この楽譜を保有する団体が必要に応じてカットやアレンジをする事については全く問題ない」とのことで、さらに「もしもアレンジした楽譜があれば、今後の参考の為に送って頂きたい」とも。

隣国の違法コピーの話題がこの頃報道される事が多い様に思うが、楽譜やCDのコピーについては日本の現状は人の事を笑える状況じゃないと思う。

教育機関の活動については、教育上必要な資料をコピーをする事が一部許されているが、「今は合法だけど、社会に出たら違法な行為だよ」と言う事がなかなか伝わらない。

アレンジやカットの是非を問題にする前に、まずは出版譜を購入する事が先決、という氏の一言は重い。







震災の影響で延期していた卒業生の追い出し会(送別会)が、ようやく開催された。

懐かしい顔が揃った。

この震災は、私達の物の見方考え方に大きな影響を与えた、と思う。

知っている顔が揃う事が、こんなにも有り難い事か、そして嬉しい事か。

今までとは明らかに異なる価値観が芽生えていると感じた。

人間が少し優しくなった気がする。
先日のLED電球の話の続き、、

先日の取り替えですっかり調子に乗って、さらにいくつか追加。
部屋を照らす明かりが、とても白くシャープになって、

違和感を感じた。

光を浴びても「暖かくない」「熱くならない」という事に気がついた。

これが今の技術なんだ、と感心していて、、、それで思い当たった事、、、

「明るいけど熱くない演奏」

この頃の学生の演奏に多い様な気がしていたのは、
確かにこの感覚と同じような、、

小さい頃から炎や光というのは「熱い」「暖かい」物だという事を経験して、
生きて来た方は多いと思う。

しかし、時代とともに日常で得る事が出来る感覚は変化している。

感覚そのものを表現する作品やその刹那で感じた自分の表現は、長く生きながらえる事が出来るのかどうか。
我が家の電球が寿命になり、この機会にLEDの電球に買い換えをしました。

ルーメンなんて聞き慣れない単位にとまどいながら、
今までの40ワット×2個の電球の置き換えという事で310ルーメンの電球を2つ購入。

数百円で買えた白熱電球と比べると価格は数千円と高いが、
LED電球の寿命は数十倍、、次に取り替えるのは?
今までのペースで使用すると何十年も先になるはずだけど、、

さて、実際に取り付けてみたら、明るさや広がりは今までの白熱電球とほとんど変わらなかった。

40ワット×2個から4.5ワット×2個に消費が抑えられる事になるから、
約70ワットの節電になる。

今の私に出来るささやかな社会貢献。
陰影のできる空間


近くのショッピングセンターが節電対策で照明の数を減らしたのだが、
これが丁度いい感じで、、、

今までの全ての対象に光が当たる世界から一転して、
欧州のどこかの建物に紛れた様な、、、

立体感と奥行きのある空間が出来上がっていた。

日本の建物もちゃんと光を計算すれば素敵に仕上がるものだな。
しかし、この薄暗さを威勢が悪いとか、気味が悪いと感じる方もいるのだろう。

思えば昭和も遠くなった。私の中学生時代はキャンディーズの全盛期で、
高度成長から第二次ベビーブームやバブル、、、

どこまでも膨張する東京に飲み込まれる近郊の都市と、疲弊する地方、
東京はとにかく明るく元気で、そして大きくなりすぎた。

建物から外に出たら、太陽をまぶしく感じた。



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